Why Do We Have to Study English in Japan?
(なぜ日本人は英語を勉強しなければならないか)

61期 AII 類 Y. S.

Chapter I Brief History of English Teaching in Japan

 この章では、英語教育の歴史について調べたことをまとめている。英語教育は、イギリス船フェートン号が日本に侵入してきた時に、オランダ語しか知らなかった政府がイギリス人と話せなかったことがきっかけで始まる。政府はオランダ語以外の外国語の必要性を強く感じ、英語を教科として教え始める。なぜ英語が必要だったかというと、当時の日本は西洋の先進的な文化を取り入れることで自国を強化しようとしており、フェートン号事件以来、オランダ語以外の言語が西洋で使われていることを知り、その文化を吸収するにはそれを学ばなければならなかったからである。また明治時代から現代までの英語教育の目的は2種類に分かれる。それは教養としての英語か、実用としての英語かである。明治時代はとにかく西洋文化を吸収し、西洋と競争し追いつかなければならなかったので英語を教え込まれていたが、時代は変わり今や英語を使って自らをアピールし、世界に進出していく可能性が広がった、グローバル化の時代がきている。

Chapter II Answers to “Why Do We Have to Study English in Japan?”

 この章では、学習指導要領における英語教育の実態、アンケートによる現在の英語教育の現状、本題に対する答えをそれぞれの節で述べている。教師は、学習指導要領における外国語科の目標を念頭に置き、授業を行っている。一番大切なことは四つの技能を使ったコミュニケーション能力の基礎を養うことである。これは文法規則や語彙を身に付けさせるだけでなく、外国語を運用することができる能力の基礎を養うことが明記されている。これを踏まえ、生徒は英語教育の目的やその実態をどのように考えているのかアンケートをとり、結果をまとめた。また、少しでも生徒の立場に立った考え方をし、生徒のこれからの未来のステップにつながるようにという願いから、本題の質問に対する答えを5つ挙げている。

Chapter III How Do We Achieve the Aim of English Teaching?

 この章では、2章のアンケートの結果を鑑み、これからの英語の授業においてどういう点に注意して行うべきかを考えている。教師のコミュニケーション能力の基礎を育てたいという気持ちと、生徒の今すぐにでも英語を話せるくらいの授業をしてもらいたいという願いには差があるということに気づく。学校という場は教師と生徒の気持ちが一致して初めて成り立つのであり、差があることは問題であると考える。そこで、少しでも生徒の立場に立った授業展開をすればどうだろうか。利点は二つある。生徒が積極的な学習意欲を持ち続けることができることと、英語学習により興味を持たせることができるということである。そのことで英語学習に関わる積極的な態度を増やすことができる。このことを実現するために、日々生徒の意見に耳を傾け、それを考慮した授業展開が望ましく、また教師自身の自己研鑽の時間を多くとる必要がある。
 また、生徒たちの英語を触れさせる機会を多くすることと、積極的な態度を増やすために、少しでも生徒同士の話し合いの場を作ることが大切だと考え、グループ学習の策を考えた。ペアワークやグループ学習を取っている学校も多くあると思うが、アンケートの結果、その時間でさえもあまり取れていないという意見が多く聞かれた。このことから、教師は50分のうち5分でもいいのでその時間を毎時間の英語の授業で取ることが必要なのではないか。利点は、恥ずかしがらずに意見を言えることと、自己責任が多くなること、また意見を伝え合うことができることである。しかし、責任を他者に押しつけることや教師は全ての生徒が英語を使っているのかということを判断しづらいという欠点もある。教師は、一人一回は生徒はそのグループ内で話さなくてはいけない等のルールをしっかり決めた上でグループ学習の機会を設定することが望ましい。