A Study of Atmosphere in English Classes at Junior High School
(中学校の英語の授業における雰囲気の研究)

60期 AII 類 H. S.

Introduction

日本は「集団志向」の強い社会である。そのような環境で育った日本人は知らず知らずのうちに、「集団の一員である」という考えを持つようになる。その結果、集団内の雰囲気に過敏になり、その場の雰囲気を壊さないように(その集団から排除されないように)振る舞うようになっていく。このような行動は中学生にも見られる。生徒達は他の生徒からの評価が気になり思うように発言ができないなど、授業運営に影響を与えることもある。しかし英語の授業において、積極的なコミュニケーションの態度を養うためには、授業内の生徒の発言は非常に重要である。そこで、日本人特有の雰囲気に対する考え方の根源や英語の授業における理想的な雰囲気、そしてそれらをどうやって作り出すかということを研究し、「日本人に適した英語教育」を探りたいと思ったことが、この卒業論文の出発点である。

Chapter I Concepts of Atmosphere in Japan: Group-orientation of Japanese people

日本人の雰囲気に対する考え方はその国民性と大きく関わっている。一般的に日本人は集団志向の強い民族と言われており、その特徴的な国民性の例としては「人前での沈黙」、「他者への過剰な配慮」の2点が挙げられる。前者は「以心伝心」という言葉の影響を受けている。言葉に頼らず心を以て真実を伝えようとする禅の教えの形式が残り、沈黙をすることは集団の中で何か意味のある行為とする傾向がある。一方、後者は「出る杭は打たれる」という諺の思想が影響している。その集団内で「出る杭」とならぬように、他者の行動や評価を気にして行動するようになる。つまり、日本人とっては「集団の和」を乱さないことが重要であり、そのために集団の雰囲気を正確に感じ取ることに敏感なのである。

Chapter II The Importance of Good Atmosphere in English Classes

積極的なコミュニケーションの態度を育てるためには、英語の授業内における生徒の生産的な活動は不可欠である。つまり、発話や英作文といった自分の考えや意見を英語で表現する訓練のことである。しかし、日本の中学生は周りの評価を気にするあまり、積極的に自分から英語を発することができないという現状がある。この状況を緩和するための一つの方法として、授業内に良い雰囲気を作るということが大切になる。良い雰囲気を作り出す要素として、最低でも以下の5点が必要であると考えられる。

  1. A relaxing atmosphere (落ち着いた雰囲気)
  2. Instructor’s friendliness (教師の親しみやすさ)
  3. Some degree of tension (ある程度の緊張感)
  4. Instructor’s ability (教師の能力)
  5. Yearning for being English users (英語使用者になることへの憧れ)

上記の5点はあくまで最低限の提案であり、その他にも良い雰囲気を作り出す要素はあると思われる。しかしながら、英語教師そのものが授業の雰囲気の良し悪しに大きく関わっており、良い雰囲気を作りたいと思うのならば、そのことを常日頃から自覚しておくことが大切である。

Chapter III How to Create a Good Atmosphere in English Classes

良い雰囲気を作るために、教師は具体的にどのように働きかければよいのだろうか。理想的な授業の雰囲気を作るための要因は、大きく「外的要因」と「内的要因」の2点に分かれる。前者は、教室内の設備や生徒の人数、ALTの有効活用など直接的または物理的に、教室の雰囲気に影響を与えるものである。外的要因はどんな教師であっても比較的簡単に整えることが可能であるため、積極的に実行に移していくべきである。一方、後者はどちらかと言えば間接的、心理的に関与するもので、生徒同士の関係性、そして生徒と教師の関係性のそれぞれである。教師がどのように生徒に関わっていくかにより、その関係性は大きく異なる。授業中に効果的な活動を組んだり、生徒の間違いに適切に対応したりすることはもちろん、授業外での生徒との交流も重要である。良好な関係性を築くことで、良い雰囲気を作り出すことが可能になる。

Conclusion

日本人に適した英語指導法は存在するはずである。その1つとして雰囲気を取り上げた。第二言語習得の観点から見て、第二言語を積極的に使うこと、そしてその使い方を間違うことは必然であり、そこに自身の第二言語改善の糸口が存在する。「間違えてもいいから何か英語で言ってみなさい」と日本人の生徒にいう英語教師は多くいるが、果たしてそれは本当に適切な働きかけなのだろうか。つまり日本人のように周りの目を気にして、沈黙をすることに意味があると考えている国民に対して無理やり発言させることは、あまりにも酷なことではないだろうか。そこで、第二言語としての英語を教える教師は、まず日本人の国民性を十分に理解したうえで、生徒が思いきり英語を使うことができる「雰囲気」を作り出すことが大切なのではないだろうか。