The Recreation of Scrooge in Dickens's A Christmas Carol
(ディケンズの『クリスマスキャロル』におけるスクルージの再創造)

69期 AI 類 N. D.

Introduction

 Charles Dickensは、イギリスヴィクトリア朝時代を代表する小説家であり、極めて多産な作家で、特にOliver TwistA Tale of Two CitiesDavid Copperfieldなど多くの長編小説で世界的によく知られている。Dickensは作品の中で人間の本質的な部分に焦点を当てて、人間の良心や善の部分だけでなく、狡猾・邪悪・欲望等の人間の醜悪な側面をも描き出しているが、本質的に人間の善性に対する信頼があり、そのhumanisticな主題がDickens作品における一つの大きな特徴としてなっている。特に1843年に発表した中編小説Christmas Carolは世界で最も有名なクリスマスストーリーとして、イギリスのみならず世界中で愛読されており、人間性・愛情・心の温かみといったものなどが作品のいたる場面で滲み出ている。
 この論文で私は、主人公Scroogeがクリスマスの超自然的な体験を通して新たな人間として改心していく過程を考察・分析していく。

Chapter I  Scrooge as a Miser: The Victim of Self-help

 Chapter Iでは、主人公であるScroogeがどのような人物かを取り上げ、Scroogeの内面を分析する。Scroogeは、金儲けの欲望に支配され、守銭奴的な性格である。彼の商売仲間であるMarleyがなくなった時でさえ、悲しむ様子を見せることなく、葬儀当日は優れた商売人として商売を締めくくったのである。人情よりも商売を優先し、利益を最優先に考える性格は、単に世俗的節約家という次元を超えたものである。そのような吝嗇ぶりはクリスマスの時期も同様であり、周りの人々が祝福の雰囲気を醸し出す中で、Scroogeは頑なにクリスマスを祝おうとせず、クリスマスを祝福する人々を非難、軽蔑するような感情を露にする。とりわけ貧しい人々に対して、Scroogeは侮辱と嫌悪を交えた言葉を口にする他、社会的弱者を切り捨てるような言葉を投げかける。このようなScroogeの冷酷非道で、拝金主義的な性格の背後には、Self-helpというヴィクトリア朝時代の思潮に影響されている。金銭的成功を唯一の価値とする利己主義的な考え方であり、そこには同朋意識や社会的弱者に対する共感性は一切ない。自身が社会の落伍者に成り下がることを避けるために、目的のない蓄財を続け、吝嗇家としての人生を歩み続けるその有り様は彼自身もまたSelf-helpの犠牲者と言えるだろう。

Chapter II Scrooge's Past: Loneliness and Fear

 Chapter IIでは、Marleyが予言した3人の精霊の一人、過去のクリスマスの精霊との出会いの中で、Scroogeの心がどのように変化していくのか、Scroogeの内面に焦点を当てていく。また彼が吝嗇家としての道に進む原因を考えていく。精霊とともにScroogeは自身の幼少期を訪れるが、幼少期のScroogeは貧困と孤独で苦しんでいた。現在のScroogeであれば貧しいものに対しては侮辱と軽蔑の念を込めて非難するが、実際に幼少期の自分を目の当たりにして、同情を覚えずにはいられない。Scroogeの子供時代は孤独と貧困に苦しみながらも、純真で無垢に満ちていた時期でもあり、それは妹のFanという善性的存在が傍でScroogeの寂しい心を満たしてくれていたからである。その後、精霊はScroogeを自身の青年期に連れて行った後、Scroogeの人生で大きな転換となる婚約者との別れの場面に彼を連れて行く。元婚約者との場面では、拝金主義になってしまったことを哀れに思い、それが原因でScroogeに別れを切り出す。成人期のScroogeは貧困に対して極度の恐怖心を抱いているが、それは幼少期の孤独で貧困に苦しんだ過去が影響しており、Scroogeの中に金銭的価値を絶対とする彼自身の考え方が生まれ、その考え方に固執してしまったからである。婚約者を取るか、お金を取るかという人生の重要な分岐点において、Scroogeは愛情や慈悲、思いやりといった内面の善を切り捨て、貧困に対する恐怖から金銭を選ぶのである。幼少期の貧困に対する恐怖心、劣等感からお金を稼ぎ、その中で金銭を絶対視する彼の拝金的思考とお金を失わぬよう自己保身に走る姿は、Scroogeにとっては見るに堪えないものであり、悲嘆と後悔で彼の心を埋め尽くしてしまう。

Chapter III The Recreation of Scrooge: The Christmas Spirit Regained

 Chapter IIIでは、現在のクリスマスの精霊、未来のクリスマスの精霊との出会いを通して、Scroogeの改心の過程を扱っていく。吝嗇家としての生き方を選んでしまった過去を訪れて、Scroogeの心には人間の良心的な部分が再び芽吹き始めている。現在のクリスマスの精霊はScroogeを明日起こりうるクリスマスへ連れていく。街は活気で満ち溢れており,人々が食料雑貨店に押し寄せ、お店は繁盛している。まさに幸福感が街の人々に連帯しており、そこには喜び・豊かさ・楽しさといった感情を彷彿とさせる。ここには地位や身分に囚われない同朋意識、連帯感が生まれており、その光景を見たScroogeもまた現在の自分から離れて、クリスマスを祝福する街の人々と一体化しているのである。その中でScroogeもまた幸福の連帯感を味わうことで、クリスマスと言う素晴らしい時期を祝福する気持ちになるのである。現在のクリスマスの精霊が消え去った後、未来のクリスマスの精霊がScroogeの下へ現れ、Scroogeを未来に起こるクリスマスへ連れていく。未来のクリスマスでは、Scroogeは自分の姿を見つけることが出来ず、自身の死に対する不安を抱きながら様々な場面を訪れる。そして、最終的にScroogeは教会の墓地に連れてこられ、放棄された墓に刻まれている名前を読み上げたとき、ようやく自分自身が死んでいるという事に気づくのである。自分の死に直面した時、Scroogeはこの上ない恐怖と絶望に襲われ、自分の運命を変えようと決心するのである。自分の墓を見ることこそ、Scroogeの古い自己の象徴的・精神的な死であり、自己の死を経験して、金銭に執着した生き方から離れ、愛情と温かみをもってクリスマスを祝福する新たな人間として蘇るのである。過去、現在、未来に出会い、Scroogeの凍結していた人間の善としての内面が氷解し、再創造されたのである。

Conclusion

 主人公Scroogeが、お金に執着する生き方から離れて、長い間凍りついていたScrooge本来の人間的な温かみを取り戻すためには、Marleyと3人の精霊との体験は必要不可欠な出来事であった。現在の自分自身から一度離れて、自分の人生を見つめ直すことで、Scroogeは喜び・楽しさ・心の豊かさ・温かさ・愛情といった人間の善を味わい、最終的に自分の死を目の当たりにして、かつての冷酷無慈悲な自分と決別し、善良な人間へと生まれ変わったのである。