Gothic Quality in Poe's Tales
(E. A. ポーの物語におけるゴシック的特質)

65期 AII 類 H. Y.

Introduction

 エドガー・アラン・ポーは、19世紀のアメリカン・ルネッサンスに所属する短編小説家である。雑誌編集に力を注ぎ、雑誌を媒体として多くの作品を世に送り出した。読者の期待にこたえるべく、ゴシック物語を始めとした多くのジャンルの作品を出版した。ポーは作品を作る際、直感に頼るのではなく、一つの「効果」を読者に与えるために要素を組み立てていく、いわば知的な作家でもあった。この論文では、ポーのゴシック物語の一つである "The Black Cat" を中心に、ポーのゴシック的特質について取り扱う。

Chapter I Several Problems in "The Black Cat"

 "The Black Cat" は、主人公の男による、例えば、黒猫の目を抉り取る、木の枝に首を吊るすなど、飼っている黒猫に対する狂気的行為を一つの中心とした作品となっている。物語全体の雰囲気を作り出すために、ポーはいくつかの要素を作品中に散りばめている。一つは、主人公の妻が話す黒猫に対する迷信である。全ての黒猫は魔女の変装である、という迷信を妻は主人公に述べる。妻についての描写は、この点以外ではほとんど現れない。魔女という言葉の持つ不吉さがゴシック的雰囲気を作り出す要因の一つであるのだろう。また、黒猫の名前もその要素の一つである。主人公は黒猫にプルートーと名付けているが、この名前はギリシャ神話における冥府神Hadesの別名であり、死を象徴させる。さらにポーは、心理的な恐怖についての要素も取り入れている。その一つとして、視線恐怖がある。目は攻撃的な器官であり、見ることによってすべてを見透かしているような感覚を相手に与えることができる。(いわゆる邪眼=evil eye)そのために主人公は黒猫の目を抉り取ったのである。

Chapter II The Voice of Superego

 Chapter II では、主人公の心理的側面のうち、主に超自我に焦点を当てて、そこにあるゴシック的要素を考察していく。主人公は、最終的に黒猫への暴力を妻に向けてしまい、妻を殺害してしまう。主人公は壁の中に遺体を隠す。警察が主人公のもとへ捜査しに来るが、主人公の隠蔽により主人公の容疑は晴れる。しかし、そこで主人公の耳にのみ狂気的な声が聞こえ、その様子に気づいた警察によって事件は解決に向かう。この主人公の耳にのみ聞こえた声は、主人公の心理的様子を表しており、フロイトの精神分析学における、Superego=超自我によって説明がつく。超自我とは、人が深層心理の中で作り出すものであり、その周りの環境に従おうとして人の行動に影響を与えるものである。悪事をした際には、罰を求めようとする人間の心の働きの要因である。超自我が主人公の心で働き、主人公は壁からの幻聴を聞く。言い換えれば、壁からの狂気的な声は主人公の超自我の働きを表現したものであり、心理的恐怖として読者に与えられているのだ。

Chapter III Perversity in Man

 ここでは、主人公が最愛のペットであった黒猫に対しての狂気的な行為から、人間の心理の奥深くに眠る倒錯的本性について研究した。倒錯的本性の特徴として、これらの4つがあげられる。

  1. 理性と矛盾した特質を持つ
  2. 人間の欲動の1つである
  3. 普段は理性によって抑え込まれている
  4. 抗うことのできない(=人間の根源的な)特質である
1については、主人公は黒猫を殺す際、涙を流している。狂気的な行動とともに、主人公の本来の性格である優しい理性が同時に表れている。2については、主人公は黒猫の目を抉り出す時に、丁寧に、楽しむように行う様子が描かれている。これは、怒りに任せて暴力的行為をというよりもむしろ、自分の欲求を満たすために行動を起こしていることの表れであるだろう。3については、主人公は元来優しい性格であると描かれているが、お酒の力によって理性が弱まり、倒錯的本性が引き起こされるのである。4については、主人公自身は残酷な行為について、そして黒猫を殺す理由がないことを理解しているのにもかかわらず、黒猫に暴力的な行為をしてしまう。倒錯底本性が現れると、理性の力を抑えてその人間の行動に影響を与えるのである。これらの特徴は、フロイトの精神分析学におけるThanatos(死の欲動)と共通している。死の欲動は、生の欲動の生きようとする本質と対になり、無機物に帰ろうとする本質である。主人公は一見不自然で、狂気的な行為を行うが、それらは倒錯的本性と死の欲動によって説明できるのだ。

Conclusion

 "The Black Cat"における恐怖を生み出すために、ポーは様々なゴシック的要素を配置し、物語を構成した。怪奇的な恐怖や生理的恐怖はもちろん生み出されたが、ポーのゴシックの特徴として、心理的側面から見た新しい恐怖を生み出した点があるだろう。それは後にフロイトの精神分析学によって体系化されるが、ポーの生きた時代はフロイトのそれよりも前であった。ポーは文学という媒体を通して、人間の心理的矛盾を的確に指摘し、それを主題として物語を作ったのである。その点において、ポーのゴシックは斬新であり、当時の人々を惹きつけたのであろう。