A Study of Alice in Wonderland
(『不思議の国のアリス』研究)

62期 AII 類 T. N.

Introduction

 世界的に有名な『不思議の国のアリス』は、オックスフォード大学クライスト・チャーチ学寮の数学教授であったルイス・キャロル(本名はチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン)がアリスたち三姉妹とともに川下りをしている際に即興で生まれた作品である。物語は、主人公のアリスが木の虚に飛び込んだウサギを追いかけて地下世界へと降りていく場面から始まる。アリスはその世界をさまよっていくうちに様々な不思議の国の住人と出会う。そこでは、地上世界の規則や法則・秩序がことごとく無効化され、アリスはその世界を支配するノンセンス(non-sense)にもてあそばれていく。この論文では作品に現れたnonsenseに焦点を当てて考察した。

Chapter I Wonders in Alice in Wonderland

 アリスが冒険をする不思議な地下世界(Wonderland)では、地上のあらゆる法則や規範などが無効化される。地上の世界は19世紀ヴィクトリア朝時代の厳格な雰囲気が漂う世界、道徳・規律・規範などが厳しく支配する世界であるが、作者キャロルはその地上世界の法則を転覆させ、そのような力が及ぶことのない地下世界を作り出す。アリスが地下世界へと入って行くということは、ノンセンスと混沌の世界へ入って行くことを意味する。この世界では、地上世界に存在する規則や道徳が破壊され、さらには時間や言語、身体の規則までもが解体ないし変容していく。その代わりに、この世界を支配する隠れた原理としてノンセンスが現れる。

Chapter II Appearance of Nonsense

 ここでは、地下世界に現れるノンセンスを「言語の解体」、「時間の無化」、「アリスの身体変容」という3点に絞り考察を試みた。
 地下世界に迷い込んだアリスは言葉の「意味」と「音」を結びつけることが次第にできなくなっていく。彼女の頭の中では意味と音が分裂してしまうのだ。その結果、アリスは似ている単語は同じような意味を持っていると理解するようになる。また、アリスの使う英語は文法という法則がくずれていき、様々なおかしな間違いを犯す。アリスが放り込まれた世界は、世界を組み立てている言葉というものが解体していく世界なのである。
 地下世界では、時間の概念も壊れていく。これに関しては、アリスの参加する不思議なゲームが考察の対象になる。アリスはコーカス・レース、クローケーというゲームに参加するが、どちらのゲームも勝敗の規則が存在しない。だれが勝者でだれが敗者が決定できず、結果的に地上世界を特徴付けている優勝劣敗の法則が無効化される。ルールは時間と結びつくものであり、壊されていく時間が同時に法則の破壊につながっている。
 最後に、アリスの身体の変容に焦点を当て、アリスの身体感覚の不安定さを通してアイデンティティ喪失の主題について考察する。地下世界でアリスは、何かを食べたり飲んだりすることで、彼女の身体はその大きさを変えていく。変化を重ねるごとに、彼女の身体の意識は徐々に不安定なものになっていき、その結果、アリスは自分が誰なのかわからなくなる。自分の身体が他者の身体のように思えてくる。このような身体意識の希薄さは、彼女のアイデンティティの喪失につながっていく。

Conclusion

 ルイス・キャロルは、いわば地上世界を支配する力が及ばない自分だけの理想郷的な地下世界を作り出し、規則や道徳などをそこで破壊していく。その代わりにノンセンスが隠れた原理として出現する。この作品は、不思議の世界で様々な冒険に遭遇するアリスを通して、作者ルイス・キャロルの無意識的な次元に潜む願望や欲望、あるいは不安などが表象された作品なのである。