A Study of Spatial Metaphors
(空間のメタファーの研究)

52期 II 類 R. H.

Introduction

一般的にメタファーといえば文学の中などで用いられ、修辞的で文章の装飾的要素という印象が強い。しかし、メタファーは人間が様々な概念を理解する時の方法の一つであり、メタファーを通して人間は多くの概念を認識し理解している。この論文では「空間のメタファー(spatial metaphors)」についてとりあげる。「空間のメタファー」とは、ある概念に空間的な位置付けや方向性を与えることにより、その概念を理解し認識しようとするメタファーのことである。例を挙げるとすれば、英語話者は「うれしい」という概念に対し、上向きの方向性を与えることでその概念を理解している。これは "I'm feeling up today.(Lakoff and Johnson, 1980: 14)"という言語表現にもあらわれている。しかし、この方向性や位置付けは決して恣意的なものではなく、人間の文化や経験に基づいて使われている。このため、この論文では、空間のメタファーを扱いながら、その背景にある文化や経験についても考えていく。また、必要に応じて日本語の例文を引用し、英語と日本語におけるメタファーを通した認識や理解の仕方の共通点や相違点についても考える。

Chapter 1 UP-DOWN metaphors

この章ではUP-DOWNの方向性や位置付けを持つ空間のメタファーを扱う。日常生活において、UP-DOWNという方向性や位置付けによって理解される概念は数多く存在するが、ここでは社会的地位、技術・能力、状態、数・量の4つについて考えることにする。それぞれの概念においてメタファーが使われる背景には、様々な文化的・経験的な要素が存在している。例えば「状態」に関して言えば、人間は元気な時(状態が良い時)には体をまっすぐにして立っているが、病気のとき(状態が悪い時)には体を曲げたり体を地に横たえたりする。この経験に基づき、良い状態にはUPの方向付けを、悪い状態にはDOWNの方向付けがなされていると考えられる。
 UP-DOWNメタファーに関しては、英語と日本語において共通する部分が多く見られることが特徴の一つである。また一般的にUPは肯定的な印象を、逆にDOWNは否定的な印象を与えることが多い。社会的地位や技術・能力、状態ではその特徴が顕著に表れている。しかし「量・数」においては 単に量の多い少ないを高さで表現したに過ぎない。したがって「量・数」においてはUPとDOWNには肯定的や否定的な区別はなく、両方向は中立的な立場にあると言うことができる。

Chapter 2 IN-OUT metaphors

この章ではIN-OUTの方向性のメタファーについて論じる。IN-OUTメタファーは「容器のメタファー」(Container metaphors)とも呼ばれている。これは、IN-OUTメタファーが、日常生活で起こる様々な事象や概念を容器としてとらえることにより、それらを理解しようとするメタファーであることに由来している。一つ例を挙げてみる。

In the 18 months before March 2000, the American Stock Exchange's biotech index rose 563 % while the NASDAQ rose 238 %. (Time. July 7, 2003)

ここでは「18ヶ月」という時間が一つの容器としてみなされている。もちろん時間は絶えず流れるものであり、容器のように境界線があるわけではない。しかし、人は時間を一つの容器としてみなすことにより、時間という抽象概念を理解しているのである。このように「容器のメタファー」を用いて様々な事象を容器ととらえることにより、目で見たり触れたりすることのできない事象や抽象概念を理解したと信じることができ、様々な言語活動を可能にすることができるのである。この章では時間、出来事、状態、言葉・言語の4つを取り上げる。「言語・言葉」に関しては、日本語では言語や言葉を容器として見立てることはあまりなく、このメタファーは英語圏の人々に特有の理解の仕方であるということができる。

Chapter 3 FRONT-BACK metaphors

ここではFRONT-BACKの方向性のメタファーについて取り上げる。その中でも時間の前後の方向性について考える。英語においても日本語においても、時間はしばしば動く物体(a moving object)としてとらえられている。それは"Time flies."(光陰矢の如し)という諺の中にもあらわれている。そして、動くものがしばしばそうであるように、時間にも前後の方向性が与えられ、理解されている。英語では時間について、「未来は後方であり、過去は前方である」という考えと、「未来は前方であり、過去は後方である」という2つの理解の仕方をしている。一見これは矛盾したもののように思われる。しかしこの2つの理解の仕方は、視点の違いに由来している。前者は、ある時間を他のある時間との関係の中で方向付けており、一方後者は時間を人間との関係の中で方向づけているのである。このことについては、図を用いながら章の中で詳しく扱っている。

Conclusion

この章では、第1章から第3章までの総括を行う。また、課題として残されたことについて挙げている。