A Linguistic Analysis of Inaugural Addresses by American Presidents
(アメリカ大統領による就任演説の言語分析)
50期 II 類 W. K.
Chapter I Introduction
アメリカ大統領の演説は人を惹きつける魅力をもっています。演説というのは多くの人に聞いてもらわなければ成り立たないのだから大統領はスピーチを魅力的にするための工夫をたくさんしていて当然です。大統領の力強い声や身振りなどもその理由かもしれませんが、言語の面からも演説の魅力が分析できます。たくさんある言語的なスピーチの技法のうち3つ、パラレリズム・代名詞・疑問文、を以下の各章でとりあげていくことにしました。
Chapter II Parallelism
パラレリズムとは簡単にいえば「繰り返し」のことです。文や節、句などで同じ構造を繰り返したり、同一の語や音を繰り返したりすることによって、演説は印象的になります。例えば次の例文を見てください。
- For our problems are large, but our heart is larger. Our challenges are great, but our will is greater. (Bush, 1989)
- Let us learn together and laugh together and work together and pray together, confident that in the end we will triumph together in the right. (Carter, 1977)
例文1にある2つの文はまったく同じ構造をしています。つまり両方とも二つの節から成っており、それぞれの最初の節は"our"という代名詞、次に複数名詞、be動詞、形容詞が順にならんでいます。2番目の節もそれぞれ同様になっているのがわかります。また、意味的に関係があるような単語が使われていてほぼ完全な繰り返しになっているのがよく分かるでしょう。そのため聞き心地がよく、聴衆にはとても印象的に聞こえます。
例文2は「動詞+together」の動詞節のパラレリズムともとれますが、ここでは"together"という語に注目して下さい。まったく同じこの語が一文中に5回も使われています。演説のこの部分を聞いた人はしばらく"together"という団結のイメージが頭から離れないはずです。
Chapter III Pronouns
演説中で使われる代名詞は圧倒的に一人称複数が多いことに気づきます。これは演説をしている大統領も含め、「みんな共にアメリカ国民なのだ」という団結感を一人称複数の代名詞が聞いているものに与えるからです。"We"や"our"などを何度も使うことにより、この感覚は強くなり、演説者である大統領と聴衆である国民がひとつであることが強調していきます。演説では以下のようにこの効果を高めることもできます。
- Within us, the people of the United States, there is evident a serious and purposeful rekindling of confidence. (Carter, 1977)
- We earn our livelihood in America today in peaceful competition with people all across the Earth. (Clinton, 1993)
例文1を見てください。文中の代名詞"us"は直後に同格の名詞節によってその意味を限定されています。一人称複数であるということ自体に「一体感」がある上に、「アメリカ国民」という句を挿入することで、より一体感が強くしています。
例文2には同格ではなく"we"と対照をなすもの、つまり"people all across the Earth"という句があります。クリントン大統領は人々を「アメリカにすむ私たち」と「アメリカ以外にすむ人々」の2つにわけており、この対照性によって大統領はアメリカ国民としての団結を強調しています。
Chapter IV Interrogative Sentences
スピーチにおいて疑問文というのは有効な技法として使われているように思えます。大統領が質問をすれば聞き手である聴衆は思わず質問に反応するでしょう。つまり、質問をすることで、聴衆の関心を得ることができるのです。しかし、質問をする大統領が1人である一方、聞き手は多数なので、日常会話のように質問に答えることは不可能です。そのため大統領の質問にはやはり工夫がされています。
- How can we love our country and not love our countrymen? (Reagan, 1981)
- Can we solve the problems confronting us? Well, the answer is an unequivocal and emphatic yes. (Reagan, 1981)
例1は「自分の国を愛して、国民を愛さないことができるだろうか?」という意味です。これは修辞疑問で、「できるだろうか?」という問いではなく「できるだろうか、いや、できるはずがない」ということを示します。つまり、疑問文の形をとってはいますが、答えは決まっているのです。聴衆は質問をされて演説に注意を払うけれど、答えに悩む必要はありません。
例2の意味は「私たちの前に立ちはだかる問題をとくことができるだろうか?答えは、はっきりと強調していえるイエスだ。」となります。大統領が質問をし、自分で答えています。答えがあるなら「問題をとくことはできます」といえばすむのにわざわざ疑問文にしているのは、そのほうが聞き手にインパクトを与えるからでしょう。
また、質問を第2章でみたパラレリズムの形にしているものもあります。例えばレーガン大統領は1985年の就任演説で、"If not us, who? And if not now, when?"と質問しています。「我々でなければだれが?そして、今でなければいつ?」という意味になります。意味は修辞疑問で「今、我々が(行動しなければならない)」ということですが、その構造は明らかに繰り返されています。疑問文とパラレリズムの両方の効果によってこの文はとても印象的になっています。
Chapter V Conclusion
上で見たどの技法も目的は一つだと言えるでしょう。大統領は演説を聞いてもらうために技巧を凝らし、印象的で聴衆の心に残るようなスピーチにしようと心がけているのです。