AI時代の大学教育と
評価を考える

白井 伸宙
三重大学 情報基盤センター/AI推進担当学長補佐
2026年9月9日
CC BY 4.0 Licensed under CC BY 4.0

前置き・おことわり

AIを推進する立場だが、AIも教育も専門ではない
講演者の立場と専門
  • 立場
    「AI推進」の旗を持っている
  • AI
    開発者・研究者ではなく、利用者の一人
  • 教育
    教育学・教育方法論の専門家ではない
  • 権限
    全学的な教育方針を決定する権限はない
留意点
  • AI推進の立場ゆえ、主張は必然的にアクセル寄りに偏る
  • AIの進展は非常に速く、講演内容はすぐに陳腐化する
お願い 本講演は主観に基づく主張を多く含みます。感覚に合う情報だけ取り入れ、その他は参考に留めてください。

結論

結論 1

持ち帰り型レポートは
やり方を変える必要あり

対面での筆記・口頭試問 / AI利用を前提としたレポート

結論 2

AI利用の可否は
教育目標に応じて決める

学生本人に何が残ったかで評価する

AI利用前提の授業・課題には可能性がある一方、一貫性・公平性を満たした評価が課題。

AIで大学教育の何が変わったか

1
技術の変化

文章生成・要約・翻訳・検索・構想支援が容易になった

2
学習・成果物

認知オフローディングの範囲が広がり、 成果物の品質と本人の理解が分離し得る

3
評価

成果物だけを見て、 学生本人の能力を推定することが難しくなる

教育設計上の問い

学生本人の中に残っていて欲しいものは何か?外部化されていても良いものは何か?

課題の目的を明確にする

「推して知るべし」にしない
教員には自明な課題の意味も、学生には自明とは限らない。
なぜこの課題に時間を使うのかまで言語化する。
背景にある問題

意味が見えなければ「作業」になり、作業なら「AIで代替」が最適解になってしまう。

01 問い直す
この課題は何のためか
形式を先に決めず、身につけさせたい経験・能力を先に見定める。
02 判定する
持ち帰りでまだ足りるか
AIで成果物が作れる領域が広がり、レポートで果たせる目的は以前より狭くなっている。
03 再配置する
どこで本人性を確認するか
授業内執筆・口頭確認・AI利用前提レポートなどへ、目的に合わせて配分する。

学習に必要な「摩擦」をデザインする

学習目標を決めたうえで、 AIと本人の役割分担を設計する。

01 学習目標
何を本人に身につけてほしいか ― 理解・説明・根拠確認・質疑への応答など
02 AIとの分担・
摩擦の設計
AIへ任せる
何を外部化してよいか
学習目的を損なわない作業を見極める
本人が担う
どこに認知的摩擦を残すか
読む・考える・比較する・判断する・書く・説明する
03 確認・評価
本人に何が残ったかをどう確認するか ― 理解・説明・検証・質疑応答で確認する
補足 認知的摩擦は一律に設計しない。 合理的配慮や個々の特性・ニーズに応じて、摩擦の形・強さ・方法を調整する。
事例データサイエンスIII

AI時代の反転授業

事前学修でのAI利用を推奨し、理解確認は授業内で行う。

1
事前に読む・調べる
教科書を土台に予習。生成AIは補助として使用可。自分の言葉で説明できるようにし、理解が不十分な部分を見極める。
2
授業で説明する
AIなしで内容を説明し、わからないところを教員に質問する。教員からの問い返しに応答する。
3
教員が補足し、質問に答える
予習で理解しきれなかった点に授業時間を充て、補足説明や質疑応答で理解を深める
成立条件
10人程度の少人数授業。発言・説明・質疑応答を毎回観察できること。
評価への接続
毎回の説明・質疑応答を学習と評価の機会とし、成績評価の60%に充てている。予習ではAIを活用し、授業では自分で考えて答える『摩擦』を通じて理解を深め、その到達度を確かめる。AIを活用した予習と反転授業はとても相性が良い。
双方向型の反転授業はAIによる支援を本人の理解につなげやすい。
補足 認知的摩擦は一律に設計しない。合理的配慮や個々の特性・ニーズに応じて、摩擦の形・強さ・方法を調整する。

AIは「移動式クレーン」

比喩
クレーン
AIによる
能力拡張
リーチ
自分の専門・知識からの距離
荷物
主張・判断の重大さ
地盤
学生自身の知識・経験
使い方の判断
  • AIで、自分の知識だけでは届きにくい領域へ手を伸ばせる
  • 専門から遠いほど、探索・仮説程度の軽い用途に留める
  • 重い判断には、確かな地盤と検証が必要
  • 自分で説明でき、限界を把握できるところまで落とし込む
クレーンは使ってよい。ただし、クレーンを支える「地盤」まで外部化してはいけない。

アームを伸ばし過ぎると倒れる

アームを伸ばし過ぎたクレーンが倒れる様子

根拠ある理解へ到達する方法

AIのもっともらしい出力を、検証可能な根拠と本人の説明へ変換する。

START
AIから得るもの
候補、説明、論点、比較、別案。

ここではまだ「理解した」とは
扱わない。
根拠
根拠をたどる(グラウンディング)
説明を、教科書・論文・統計・公式文書などの原典へ接続する
照合
AIの説明と原典を見る
一致している点、ずれている点、確認できない点を分ける
理解
自分の言葉へ戻す
言い直し、必要なら専門家と確認し、理解できた範囲を明確にする
GOAL
到達する状態
根拠に接続され、
自分で説明できる理解。

同時に、まだ分からない点も
自覚できている。
目的はAIの正誤判定だけではなく、根拠を確認しながら自分の言葉で説明できる理解へ変換すること。

Opt-in / Opt-out でベース設定

Opt-in
原則としてAI利用不可
授業担当者が許可した場合のみ利用できる。
AI利用を例外として扱う設計。
Opt-out
原則としてAI利用可
授業担当者が禁止・制限した場合のみ利用不可。
AI利用を基本として扱う設計。
デフォルトの方針を示した上で、各授業や課題で柔軟に追加設定を行う。

AIなし/AIありの評価設計

評価設計の出発点は、本人が担う部分をどこに置くか。

設計原則
AIと本人の役割分担を先に決める
評価原則
学生本人に何が残ったかを確認する
実装1
AIなしで本人確認する
  • AIを使えない状況で、本人が担う力を確認する
  • 持ち帰りレポートを縮小・廃止する
  • 対面の筆記試験/口頭試問へ切り替える
実装2
AIありで能力確認する
  • AI利用を前提に、課題文・評価基準を再設計する
  • 本人が担う判断・検証・説明を評価する
  • 必要に応じて、作成過程やAI利用を申告させる
どちらの実装でも、評価の中心は「成果物だけ」から「本人が担った部分」へ移る。

実装2:AIありで能力確認する

AIが下げるコスト
標準的な回答を作る
一般論・定型的文章・無難な案は生成しやすくなる
→
評価の重心を移す
本人の文脈・判断を見る
具体的適用、根拠確認、比較、選択理由、説明・質疑
→
新たな難しさ
多様性と公平性を両立する
成果物が多様になるほど、共通の採点尺度だけでは捉えにくい
本人が担うもの
  • 根拠を確認し、AI出力を検証する
  • 複数案を比較し、採用理由を説明する
  • 課題固有の文脈へ適用する
  • 質疑に自分の言葉で応答する
評価設計で必要なこと
  • 「独自性」や「個性」を単独の基準にしない
  • 文脈適合性・根拠・判断過程へ分解する
  • 評価例・共通質問で尺度を共有する
  • 必要に応じて複数評価者で確認し、評価基準をすり合わせる
トレードオフ AIでは代替しにくい能力を評価しようとするほど、専門的判断の比重が高まり、一貫性・公平性の設計が重要になる。

AI時代の教員の役割をどう捉え直すか

AI
説明を増やす
要約・別表現・例示・練習相手として、学生の学習機会を増やす
+
教員
判断を見せる
その分野でAI出力を高解像度に読み、疑う・採用する・保留する
→
学習
問いを育てて地盤を固める
学生と問いを立て、前提・制約を明らかにし、なぜ学ぶのかを言語化する
学生に見せたいもの
  • AIの答えを受け取るだけでは終わらない姿勢
  • 専門家が出力のどこを疑うか
  • 根拠・前提・制約をどう確認するか
  • どこを採用し、どこを保留し、次の問いへ進むか
教員の役割
  • 「何を教えるか」だけでなく「なぜ学ぶのか」を説明する
  • 学生とともに問いを立て、前提・制約を明らかにする
  • 学生の地盤を固める
  • AIというクレーンの操縦能力を育てる
結論 教員の価値はAIと競争することではなく、AIを含む学習環境の中で、専門家の判断の仕方を学生に見せることにある。

知識提供者から、学習のプランナー・コーチへ

AIが答えを出せるほど、大学教育では学び続ける文脈・動機・問いの設計が重要になる。

AIが担いやすい
知識・事実の提示

必要な情報をすばやく出し、説明を増やす。

→
教員が担う
学ぶ文脈を設計

なぜ学ぶのか、どう使うのか、次に何を問うのかを支える。

→
人が伝える
学問の面白さ・深み

師匠・先達が示す感覚や経験が、学問を見る眼を育てる。

教員の価値は、答えの量ではなく、学び続ける方向づけに移る。

AI出力を一緒に眺める実践演習

AI出力を一回で評価するのではなく、問いを更新する対話サイクルとして使う。

ゼミ・卒業研究と相性が良い
テーマが個別で、途中経過を見ながら問い返せるため、AI出力を材料にした対話を継続しやすい。
教員が見せるもの
どこを疑うか、どこを採用するか、どこを保留するかという判断の過程。
学生が練習するもの
AIの答えを、自分の問い・資料・文脈に合わせて使い直す力。
STEP 1
問いを投げる
学生がAIに質問し、案や説明を得る
STEP 2
一緒に眺める
教員と学生が同じ出力を見る
STEP 3
判断を加える
妥当性・根拠・言い過ぎを確認する
STEP 4
問いを更新する
調べ直す、書き直す、次の質問へ進む
AI出力を
対話の中心に置く
→
↓
←
↑
少人数の継続的な場では、AI出力を見ながら問い返すこと自体を教育活動にできる。

まとめ

1

学習目標と「なぜやるか」から考える

AIは前提を変えた。まず何を学ばせたいか、なぜ取り組むのかを言語化する。

2

本人が担う部分を設計・評価する

AIに外部化してよい部分と、本人に残す摩擦を分け、本人が担った部分を確認する。

3

専門家の判断を見せる

学生の知的地盤を固め、AIというクレーンをどう運用するかを一緒に学ぶ。