『市民ケーン』("Citizen Kane") |
[1941年、アメリカ映画 監督:Orson Welles 主演:Orson Welles]
アメリカのフロリダ州に一大帝国を築き上げた新聞王 Charles Foster Kane が死ぬ直前にもらした "Rosebud" という言葉の意味を求めて、ニュース映画製作者達が彼の生涯を再編集する。「立入禁止」("no trespassing")という言葉で始まり、同じ言葉で終わるこの映画は、あたかも主人公ケーンの心の奥に立ち入ることの難しさを、それでもそこに入り込んで一人の人間の内奥を描き出そうとする鬼才オーソン・ウェルズの追求心を象徴しているように思える。ドイツ表現主義の流れをくむ映像表現に加えてあちこちに新たな表現手法が用いられており、象徴的で印象的な映像が現れる。全体の構成、カメラワーク、映像表現、小道具の使い方のうまさ、小気味よいスピード感など、どれをとっても実によくできた映画で、映画の面白さを存分に味あわせてくれる。なお、この映画を撮ったとき彼は若干26才であった。
『イヴの全て 』("All about Eve") |
[1950年、アメリカ映画 監督:ジョゼフ・マンキーウィッツ 主演:Ann Baxter]
実に面白い映画で、何度見てもあきない。利用できるものは全て利用し、周囲の人間の善意を手玉にとってスターの座へのし上がっていく新人女優イヴと、次第にその座を奪われ、凋落していくベテラン女優の対比が面白い。無名の新人女優イヴを演ずるアン・バクスターのときどき見せる悪魔的な笑いが印象的。鏡像が乱舞するラストシーンも「鏡」のシンボリズムが心憎いほど効果的に使われている。余談だが、アメリカの国民的セックスシンボルになる前のマリリン・モンローが大根役者の端役で出ている。
『酔いどれ天使』(黒澤明監督) |
[1948年、日本映画(東宝製作) 監督:黒澤明 主演:三船敏郎]
日本映画を代表するアキラ・クロサワの作品の中ではまずこれをすすめたい。確かに『七人の侍』は堂々たる映画で面白いし、『生きる』も、少し冗長気味だが、感動的だ。『椿三十郎』や『用心棒』もユーモラスで味があるが、この『酔いどれ天使』の小気味よさにはかなわないのではと思う。戦後まもない頃のドブ泥の町を背景に志村喬演ずるはみ出し医者と三船敏郎演ずる肺を病んだつっぱりやくざとの間に生まれる不思議な絆。後年のその姿からは想像しがたいミフネの若き日の精悍さが光っている。[ついでながら、『黒澤明改題』(佐藤忠雄著・同時代ライブラリー・岩波書店刊)を読むと、黒澤がシナリオを書き直してまでセンチメンタリズムを極力排したことなど、作品が作られるまでの経緯や背景がわかって面白さがいっそう増す。『蝦蟇の油 -- 自伝のようなもの』(黒澤明・同時代ライブラリー・岩波書店刊)も黒澤明の人となりを知るには有益。]
『12人の怒れる男』("Twelve Angry Men") |
[1957年、アメリカ映画 監督:Sidney Lumet 主演:Henry Fonda]
アメリカの陪審員制度に題材をとったもので、本来はテレビドラマ用だった映画。父親殺害の嫌疑をかけられた非行少年の有罪か無罪かをめぐって、陪審員となった一般市民12人が議論を戦わすうちに次第に12人それぞれの生きてきた背景や人間性が浮かび上がる。裁判所の一室で最初はのらりくらりと討議が始まり、そのうち白熱してくるにつれて、次第に盛り上がってくる緊迫感が見る者をとらえてはなさない。(なお日本映画 に『12 人の優しい日本人』というのがあるが、タイトルからもわかるように、これはこの『12人の怒れる男』のパロディで、結構笑える。本作を見てからこちらのパロディをみると、あちこちで本歌取りの面白さが味わえる。)
『道』( "La Strada" ) |
[1954年、イタリア映画 監督:Federico Fellini 主演:アンソニー・クイン]
イタリア映画界の巨匠フェリーニがその名を世界に知らしめた記念碑的作品。胸に鎖を巻きつけ、胸筋を膨らませてそれを断ち切るという力技の大道芸で生きている巨体の大道芸人ザンパノが次第に活力を失い、体力も気力も衰えていく様子がパセティック。ザンパノと組んでその傍らで小太鼓をたたく少し頭の弱いジェルソミーナに無垢の魂が光る。 イタリア・ネオリアリズムの傑作『自転車泥棒』(ヴィットリオ・デ・シーカ監督)と同じく、戦後の日本のようなその日暮らしに明け暮れるイタリア人達の姿がノスタルジーを誘う。
『激突』("The Duel") |
[1972年、アメリカ映画 監督:Stephen Spielberg 主演:Denis Weaver]
スティーヴン・スピルバーグの若き日の秀作。彼の出世作でもある。旧式の大型タンクローリーを追い越したというだけで、執拗に追われていく心理的恐怖。日常の中に潜む不条理とでも言おうか。タンクローリーを運転する男の顔がわからないところがこの映画のミソで、見ているうちに時代遅れの不格好なタンクローリー自身が一つの意志を秘めていて、軽快な現代文明への恨みをはらそうとしているかのように思えてくる。短期間のうちに低予算で作ったとしか思えないのに、そうした制約の中で息詰まるような緊迫感を盛り上げていくうまさは確かに天性の才能を感じさせる。私にとって、スピルバーグの作品の中では『シンドラーのリスト』よりも90分たらずのこの映画の方が面白い。(ファンタジックな『E.T』や一難去ってまた一難、はらはらドキドキの『インディ・ジョーンズ』なども確かに面白いが、所詮は映画作りのコツを押さえただけのエンターテインメントで私は買わない。『ジュラシック・パーク』に至っては駄作中の駄作だと思っている。)
『時計仕掛けのオレンジ』("A Clockwork Orange") |
[1971年、アメリカ映画 監督:Stanley Kubrick 主演:マルカム・マクドウェル]
イギリスの小説家 Anthony Burgess の近未来小説 "A Clockwork Orange" をあのスタンリー・キューブリック監督が映画にしたものと書けば、面白くないはずがないことはわかってもらえよう。近未来のイギリス社会に馴染めないピカロ(悪漢・不良)たちの暴虐と、それを抑圧しようとする管理社会を風刺的に描く。スタンリー・キューブリックは3、4年に一作と必ずしも多産とは言えないが、一作ごとの質は極めて高く、すべておすすめしたい。よく知られている『2001年宇宙の旅』は言うに及ばず、『現生に体を張れ』『ロリータ』( 超おすすめ。ウラジーミル・ナボコフの小説の映画化)『博士の異常な愛情』『バリー・リンドン』『シャイニング』『フルメタルジャケット』など、完璧主義にこだわるこの監督の作品はいずれも面白いものばかり。(なお、『2001年宇宙の旅』の続編として『2010年』という映画が作られたが、こちらはSFブームに乗っただけの駄作。SFXの技術は進んでいるはずなのに、なぜか、キューブリックの作品にはかなわない。映画の質とは何かを考えさせてくれる。)
『愛の風景』 |
[19??年、スウェーデン映画 監督:イングマール・ベルイマン 主演: ]
夫婦間の愛憎や確執を執拗に描くことにかけては右に出る者のないスウェーデンの巨匠ペルイマンの自伝的作品。愛の情念の挫折を通して孤独な人間存在の深みにこれでもかとばかりに迫っていくその視線には圧倒される。ほかに老教授の孤独を描いたベルイマンの代表作『野いちご』も忘れがたい。その他『夫婦の情景』『秋のソナタ』『ファニーとアレクサンデル』など、いずれも美しい北欧の寒々とした自然を背景に人間心理の襞を深くえぐっていき、腹にぐっとこたえる。
『ルードヴィッヒ:神々の黄昏』("Ludwig") |
[1972年、伊・西独・仏映画 監督:Luchino Visconti 主演: ヘルムート・バーガー ]
バヴァリアの狂王ルードヴィッヒの芸術と美に憑かれたデカダンスの生涯を描く超大作。ワーグナーの音楽に心酔し、美青年に心を奪われ、退廃の美に惑溺していき、ついには退位を余儀なくされ、狂気のはてに自殺を遂げる筋金入りのロマン派的魂の悲劇。ヨーロッパ・ロマンティシズムの根深さを思い知らされる。不気味な狂気を秘めたような顔立ちのヘルムート・バーガーが見事にルードヴィッヒを演じきっている。きっちり細部まで描き込まれた豪華絢爛な画面は溜息が出るほど見事。ヴィスコンティ監督自身ミラノの貴族の末裔ということで、没落していく貴族たちの姿に深い共感を寄せているように見受けられる。ほかにも『地獄に墜ちた勇者ども』『家族の肖像』『山猫』『イノセント』『ベニスに死す』『愛の嵐』など、いずれもヨーロッパ映画の懐の深さを感じさせてくれる。
『無能の人』 |
[19??年、日本映画 監督:竹中直人 主演: 竹中直人]
あえて日本映画をもう一つ。一部熱狂的な支持を得ているつげ義春の同題の漫画をベースに製作したもの。必ずしも原作通りのストーリー展開ではないが、つげ義春の一種独特の世界 -- なんというか、あのノスタルジーを呼び起こす、現代から取り残されたような世界、極貧のなかにあるユートピア的な雰囲気 -- はかなり伝わる。"great movie"と言うには、ためらいをおぼえるが、不思議と捨てがたいものがある。「竹中直人って結構すごい」と思わせる映画。彼の秀吉役(NHK大河ドラマ)は今一つだったように思うが。(ついでながら、つげ義春の漫画やエッセイも一読をお薦めする。つげ義春ってどんな風にして生活しているのだろう?他人事ながらつい心配になってくる。)
『トレインスポッティング』 ("Trainspotting") |
[19??年、 映画 監督: 主演: ]
エディンバラ出身の作家 Irvine Welsh の同題の小説の映画化。最近見た映画のなかではいちばん面白かった。ヤクの誘惑とその魔力からの脱出の狭間でさまようスコットランドのジャンキーたちの青春、といえば、なんだか湿っぽいが、映画はからっとしていて爽快。アラン・シリトーの作品を思わせる映画で、なかなかにパンチがあって、いきがいい。
『ヴィスコンティ集成』(フィルムアート社、1984)
『洋画ベスト150 -- 大アンケートによる --』(文春文庫:文芸春秋社刊、1988)
『月刊イメージ・フォーラム:キューブリック』(ダゲレオ出版、1988)